事務局A「親友は“緊張”!?」

「オンラインハートカレッジ」、講座が始まっています。

やっぱりグループっていいですね。一人じゃ到底気づかない角度から「まじか…」という気づきをもたらしてくれます。

私は今から約10年ほど前、パニック障害になりました。

電車に乗るのが怖い、ライブ会場に行けない、飛行機に乗れない、コーヒーを飲むと動悸がする。仕事に通うだけで、とっても大変でした。

初めて心療内科に行った時、たまたまあたった先生が、「薬を出します。だけど飲んでも根本解決にはならないです。お守りとして持っておいて、なぜ自律神経が乱れてしまっているのか、そこを見ていったほうがいいですよ」と言ってくれ、本当にお守りにしました。

同時期、最近はその名を耳にすることも増えてきましたが、痙性斜傾(頸部ジストニア)というものにもなりました。

ストレスがすごくて、何がストレスか分からなくて、頭の中がいっぱいになり、頭の中が常に熱くなって、気がついたら首が鉄板みたいな固さになり、ギューっと締め付けられるような頭痛と不随意運動が起こるようになりました。

これも治療法が確立されているわけではなくて、こわばりをゆるめる薬を処方されたのですが、飲むととにかくボーっとしてしまう。

しばらくして、薬を飲むことをやめました。

以前にくらべたらかなり楽になりましたが、今でも呼吸が苦しい時は多いです。

ハッキリいって、当時は絶望していました。

20代でそのような症状が出て、それはもう苦しかったです。

絶望していたけど、自分を見ざるおえなくなりました。

きっとこの時から「自分を救う」道のりがスタートしていたのかな?と思います。

時は流れ、この間行われたカレッジの講座で、

ある方の「コンステレーション」(エナジェティックリレーションシップ)に参加させていただきました。そこでガツンと気づきがやってきました。

私は「緊張」が常に近くにないと不安だし、それがないと自分ではない感じがする。

「緊張」がない自分なんて想像できないし、「緊張」がないと仲間外れにされそうな気がする。

常に歯を食いしばって自分をコントロールしていないと、何かやらかしてしまいそうで不安。

「緊張」は私で、心を許せる戦友で、いつも側にいる親友のような、そんな感じ。

だから、「緊張」を手放したくない。

離れ離れになると考えたら、胸が痛んで悲しい気持ちになりました。

こんなに緊張と一体になっていたら、色々な病気にもなるよね…と思います。腑に落ちた瞬間でした。

「私は緊張を手放します!」なんて言えなくて、ゆっくり少しづつ、「そんなやり方しなくてもいいんだよ」と自分自身に優しくありながら、進んでいきたい。

そして親友である「緊張」に対しても、「今まで私と一緒にいてくれてありがとう。私を、“傷つくかもしれない”という恐怖から守ってくれてありがとう」と伝えたいと思うのです。

この「緊張」がなければいけないという裏側には、

•役に立つ人でなければいけない

•私には価値がないということがバレてはいけない

•この世はこわいところ

•世界に歓迎されていない

•調和を乱したらダメ!ぜったい!

•気を抜いたり楽しんだりすると、良くないことが起きる

きっともっと色々な誤解がチャイルドにあるのだと思います。

不思議ですが、「緊張」にお礼を伝えると、涙が出てきてしまいます。

そして10年前の自分に、「わたしを諦めないでくれてありがとう。今、私は笑っているよ」と伝えてあげたいと思ったのです。

写真はサバンナの早朝。美しい赤です。

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事務局Aさんが書いた記事です。プロセスの記録として、当時のまま掲載しています。

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